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2019.3.1

「支援者の声 No.4」 外務大臣表彰を受賞(1)

 対外関係の諸分野において多大な貢献に尽力し、特に顕著な功績のあった個人又は団体に対して、毎年外務大臣表彰が贈られます。平成13年度外務大臣表彰を受賞された古橋楓さんは、静岡県に暮らすインドシナ難民定住者約470人とその家族の定住促進支援において草の根援助を長年続けています。その功績や最近の活動についてお話を伺いました。

ベトナムの子供たちのためのベトナム語教室を開講。左から1人目が古橋さん。 私とインドシナ難民との関わりは、1984年に(財)アジア福祉教育財団の難民定住相談員として委嘱され、彼らのケアを無給で行ったのが始まりです。子供たちも大きくなり、そろそろ社会参加を考えていた頃でしたので、引き受けることにしたのです。しかし、語学に弱く、難民の知識もない私は、全てを彼らとの交流の中から学んでいくしかありませんでした。祖国を離れた理由や日本についての知識など、まずは彼らとの対話から始まりました。ですが、当時の私は同じアジアの仲間なのに少し偏見があったのも事実でした。 彼らを雇用している会社への訪問や、関係機関へ「英語圏の人だけでなく彼らにも門戸を開いて」と日参することにより、運転免許取得のための日本語教室開催にもこぎつけました。その後、車の運転や、仕事の選択が可能になったベトナム人たちは生き生きと輝いてきました。また、彼らとサッカーチームも結成、試合やサッカーフェスティバルへの参加を通じ、交流を深めていきました。

 当時、第一の私の仕事は、在留期間の更新を期限内に済ませてもらうことでした。当時浜松には入国管理局はなく、手続きは一日がかりだったのです。第ニは安定した仕事にも就いてもらうことです。職業安定所の紹介状を持って会社を回るのですが、会社側の外国人に対する知識の欠如や、難民側の日本語のつたなさなどでかなり大変でしたが、女性特有の熱意と粘りで頑張りました。雇用主との懇談会も開き、今後の留意点・問題点などの指導を仰いだりもしました。

 入園・入学や住宅入居の手続きから、内職の紹介、病院の手続き、日常生活のためのあらゆる相談にのるわけですから、夜中の12時頃に電話が鳴ったり、朝6時頃の訪問など、驚かされることもしばしばでした。また、日本の生活が長くなると、複雑な問題から、精神を病む人も出てきて、私一人では解決できないことも多くなり、医療関係者やボランティアの学生にも指導してもらうこともありました。

 日本とベトナムのかけ橋になるべく看護大学への進学を目指した学生は、各種団体からたくさんの善意の援助を受け、今春、立派な看護婦として自立しました。彼女たちから通称名に「古橋」を使いたいという申し出があった時はとても感激しました。しかし、一方では異国の地になじめず、犯罪に巻き込まれたり少年院に入る人もいて、指導不足かと自責の念に駆られたりもしました。また祖国の土を踏まないまま亡くなる方もおり、現在お寺でお骨を預かってもらってはいるものの、共同墓地の建立も早急に考えなくてはいけません。

 最近では、浜松にベトナム人協会を設立し、料理教室、日本語教室、ベトナム語教室を開催して「彼らの文化を日本の人に」と頑張っています。これからも“生涯現役”を目標にコツコツと小さな交流を続けていきたいと思っています。そして今まで私を支えてくださった皆様に心よりお礼を申し上げます。

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