2004年4月に、国際救援センターに日本語教育相談員が配置され、もう1人の齊藤幸子日本語教育相談員と共にその任務に就いてから早や半年が経ちました。現在、月・火・水・金曜日、交代で業務にあたっています。
まったくの手探り状態の日々ですが、すでに7年の経験を積んだ関西支部の日本語教育相談員はもちろんのこと、周囲の関係者の方々から温かい支援を頂きながら、徐々に歩みを進めています。
記念すべき相談者1人目は勤務初日にやってきました。神奈川県在住の難民定住者の女性からで、まだ子どもが幼いため、夫に面倒をみてもらえる週数回だけ夜仕事に出ているが、何とか日本語教室にも通って日本語力を上げたいというものでした。早速その地域の日本語ボランティア教室の代表に問い合わせたところ、受け入れ可能の快諾が得られました。また、本人が希望していた日本語の教材も難民事業本部から無償で支給できることが分かり、電話の向こうから聞こえてくる相談者の「わあ、良かった。ありがとうございます」の声に、共に喜びを噛み締めたものです。
その後、難民の呼び寄せ家族を教え始めたばかりのボランティアからの電話相談も来ました。教え方や教材に悩み、難民事業本部のホームページから私たちの存在を知って、問い合わせてきたのだそうです。このような相談には、私たち日本語教師としての経験も交えた回答をしますが、それだけでなく、もしその地域に相談相手になってもらえるような支援者や支援グループがあれば、必ず紹介するようにもしています。そうして、その地域に根ざした力強いネットワークが育っていくことが何より大切だと思っています。
2004年9月になると、10月初めの退所を控えたセンター入所者たちが、やがて始まる新生活への期待と不安の中で、日本語の相談を寄せてきました。働きながら学べる平日の夜間、または週末に開かれている日本語ボランティア教室を知りたいという問い合わせが大半でしたが、若い人たちに目立ったのが、夜間中学校に通いたいという希望でした。
夜間中学校の受け入れは、自治体、学区によって対応が一律ではないようです。地域、学校の事情も関係していることが考えられます。このような状況で心強いのは地域に根ざした経験豊かな支援者の存在です。今回は相談者たちが居住することになる神奈川県の各地域で活躍する支援者に連絡を取り、入学に向けた助言と日本語学習支援の両面を託すことができました。
このように走り始めたばかりの私たちは、問題のほんの一部に触れたに過ぎません。国際救援センターに配置された日本語教育相談員の存在もほとんど知られていないのが現状です。そのため、地域の日本語ボランティア教室や諸機関の現場にできるだけ足を運び、活動に直に触れ、皆さんの声を聞くことで、私たちの存在を理解していただきながら、何ができるかを考えていこうとしています。これまでに神奈川県、埼玉県、東京都内を中心に訪問をしました。こうした地道な活動が一件でも多くの問題を改善に向かわせ、一人でも多くの難民定住者の日本語能力やコミュニケーション能力が向上するようにと願っています。
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