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2004.11.9

セミナー「わたしたちの難民問題」(2004年11月9日)

難民事業本部関西支部では2004年11月から12月に「わたしたちの難民問題 Vol.8」を神戸クリスタルタワーで神戸YMCAと共催しました。全5回のセミナーには計168名にご参加いただき、スーダン、アフガニスタン、パレスチナ、北朝鮮の難民、欧州諸国・オーストラリアの難民受入れについて難民定住者ご本人、NGOスタッフ、ジャーナリスト等から、難民の暮らしや支援活動についてのお話を聴きました。 ここでは、高橋一馬さん講演の「チャド スーダン難民キャンプの現状」の概要を紹介します。

「チャド スーダン難民キャンプの現状」高橋一馬さん(緑のサヘル代表)

<風土> サハラ砂漠南部を「サヘル」と呼びます。年間降水量は約100ミリで、日本の降水量の6分の1から7分の1です。雨季と乾季がはっきり分かれていて、雨季(6月上旬〜10月上旬)には1年分の雨が降り、未舗装の幹線道路は泥道になります。乾季(10月中旬〜5月末)には雨が全く降らず、枯れた川は「ワジ」と呼ばれます。 サヘル地域に住む人々は半農半牧の生活を営んでいます。雨季の降水を利用し、水をあまり必要としない作物を生産します。生産した穀物は倉庫に貯蔵し、粉にして煮て食べます。砂漠化の進行に伴い慢性的な食糧不足が深刻化しており、飢饉の際には雑草の種を食べることもあります。安全な飲料水の確保が困難で、人々は濁った水を飲用や生活用水として利用しています。 <スーダン難民の状況> スーダンの国土は日本の約7倍です。1983年より北部のイスラム教徒と南部のキリスト教徒の対立が問題となってきましたが、2004年夏以降は和平協定により落ち着いています。一方、2003年からはダルフール地域(スーダン西部の主として隣国チャド共和国と国境を接する地域)で紛争が顕在化し、国内避難民は約120万人、チャドに流出した難民は19万〜20万人に上ると推定されています。 ダルフール地域の紛争の原因は宗教的対立ではなく、現政権の支援を受けているとされるアラブ系民兵組織ジャンジャウィードと非アラブ系黒人住民との民族対立といわれ、「ジェノサイド(民族浄化)」と表現するメディアもあります。2004年7月には国連がスーダン入りし、ジャンジャウィードに対して武装解除を要求し、国連安全保障理事会決議は経済制裁も視野に入れています。雨季の現在、内戦は小康状態です。 チャド国内には現在10ヵ所の難民キャンプが設置されています。UNHCR(国連難民高等弁務官)は民兵の越境攻撃から難民を保護するためスーダンとチャドの国境地帯600kmを巡回し、難民をトラックでピックアップして1,000kmを超える未舗装の道程を2日間かけてキャンプまで移送しています。故郷から国境まで4ヵ月、さらに国境からキャンプまで4ヵ月かけて自力でたどり着く人もいます。 キャンプでは到着後、全員にまずコップ1杯の水がふるまわれた後、チャド政府による難民の登録作業が開始され、登録された家族の人数に基づき食糧や必需品の配給量が決定されます。たとえば5人で1張りのテント、シート、ポリタンクや鍋などの必需品と、1人あたり1日2,100kcal相当の食糧(砂糖、塩を含む)、水15リットルが支給されます。 WFP(国連世界食糧計画)は食糧援助を担当していますが、内陸国であるチャドはインフラやアクセスが悪く、食糧は隣国カメルーンの港で陸揚げ後、陸路の輸送にてキャンプに届くまでに2ヵ月間かかります。雨季には道路網が遮断され、生活物資が届かず孤立するキャンプもあります。スーダン難民20万人に対する支援には、通常の100万人の費用がかかるそうです。 チャドとスーダンの国境地帯は同じ部族の人々が多いこともあり、これまで国境を越えた往来や婚姻が盛んでした。2003年2月の難民流入時には、地元民のコミュニティーが同族の難民を受け入れていました。食糧不足ではなかったので、こうした支援が可能でしたが、その後コミュニティーへの負担が大きくなり、2004年1月にUNHCRが活動を開始した際にはコミュニティーに対する支援の要請が強くなっていました。そこで日本のJICA(国際協力機構)は難民だけでなく地元民に対しても水の支援を行うことにしました。 2004年5月に難民事業本部主催の現地調査へ同行したところ、1キャンプあたり6,000人の収容能力をもつよう設計されたキャンプに、実際はそれぞれ約2万人が滞在し、過密状況のなかで水、食糧、保健衛生、医療、メンタル面での問題が生じていました。 キャンプでは1家族のテントが8つ集まって1つのコミュニティーを形成し、20のコミュニティーが1集合体として組織化されます。民族的に近い者同士が同じキャンプに滞在できるよう配慮されていました。 そのほか、緊急時にはパンや乾パンなど煮炊きをせずに食べられるもので数日間しのげますが、それ以降は配給された穀物などを調理して食べるため、燃料が必要となります。また、難民の多くはヤギや羊などの家畜も一緒に連れて逃げるため、そのエサや水も必要です。難民を受け入れている地域は元来脆弱な生態系なので、多数の難民流入は地域の負担となり、地元民と資源の競合が起きてしまいます。難民キャンプでは1日1人あたり15〜20リットルの水の供給が必要とされますが、実際にこの地域で供給できるのは6リットル程度です。 救援活動は常に人材、物資、電力、輸送手段、情報が不足する中で行なわなければなりません。難民に最も身近に接する存在であるNGOは、UNHCRなどの国際機関と契約を結び、食糧配給やキャンプ運営を担っています。チャドのキャンプではCAREインターナショナルや国境なき医師団などの国際NGO、SECADEV(カトリック開発救援会)などの地元NGOが活動していました。地元NGOスタッフの確保も難しいです。チャドはフランス語圏ですがスーダンは英語圏であり、共通語であるアラビア語を話せる国際NGOスタッフの数は限られているので、現地では通訳も必要になります。キャンプ内でUNICEF(国連児童基金)のスクールキット(教材や学習用品が入った袋)を利用した初等教育が開始されましたが、小・中学校の教員が給与のよい国際機関の仕事にシフトしてしまい、教員不足で学校が休校になるという問題が起きています。 緑のサヘルは国際協力のNGOとして1992年よりチャドで、1996年よりブルキナファソで植林活動や農業支援、人材育成に関わる活動を行ってきました。これまで培った経験を活かし、2004年5月よりUNHCRとの契約のもと現地職員を3名派遣し、環境、農業、畜産の3分野でスーダン難民への支援活動を行っています。 (1)環境支援:煮炊きの燃料となる薪炭の消費量に植物の成長が追いつかないため、熱効率のよい「改良かまど」をドラム缶廃材で作り、配給しています。燃料を48%節約できます。 (2)農業支援:乾燥に強く成長の早い樹種の種を直播きし、乾季には40度を超すキャンプ内で涼むための木陰づくりの取り組みを行っています。 (3)畜産支援:エサと水不足により死亡した家畜の死骸を処理し、二次的被害を防止しています。 難民の農耕を奨励してはどうかというFAO(国連食糧農業機関)の提案を受けて農耕支援も検討しましたが、もともと脆弱な土地だったため実現に至りませんでした。今後の計画として家畜の予防接種などを考えています。 スーダンで実際に何が起きているのかについて、情報はチャドから発信されるものに偏り、スーダン政府は虐殺に関する報道を否定しています。スーダン側からの情報提供と事実検証が求められています。日本ではアフリカの問題が報道される機会も少ないので、今回のセミナーでは多くの方に関心を寄せていただいたことを嬉しく思います。 質疑応答 Q:アフリカでは内戦や難民発生が周辺諸国に影響し治安の不安定化を招くことがありますが、チャドではどうですか? A:スーダンが「第2のルワンダ」にならないよう国連が注目し、国際社会が圧力をかけています。また、アフリカ域内では停戦調停の交渉など問題解決に向けた努力がなされています。

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