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2006.4.1

「私たちにできること〜富士メガネの活動」講演概要

1.富士メガネとしての活動内容 (1) 概要
  • 海外で難民の視力を検査し、各自に適したメガネを寄贈した。
  • 難民に対して約10万8千組のメガネを寄贈した。
  • これまで合計124回のミッションを行った。
(2) 人間の手のぬくもりが伝わる活動
難民キャンプで寄贈するためのメガネを毎年5千組から8千組製造している。現地のスタッフに対する技術指導を行っている。中には日本に招いて研修の機会を設ける場合もある。活動地域ではメガネのスクリーニングに必要な検査器具の贈呈も行う。メガネの寄贈活動を行う国を毎年変えることはせず、1カ国につき約10年間の支援活動期間を目処としている。
2. UNHCRとのパートナーシップ もともとUNHCRとのパートナーシップで実現した活動である。1984年からUNHCRの公式要請と全面支援を得て、活動を実施している。公式要請を受ける以前は、難民キャンプでのメガネの贈呈活動を続けることが困難だと考えた時期があった。 現在はUNHCRのコーポレートパートナーとして活動している。したがってUNHCRが活動地での費用を負担している。富士メガネは社員とメガネの費用を負担している。UNHCRのコーポレートパートナーには、他にマイクロソフト、ナイキ、メルク、アルマーニグループ、ネスレなどがある。 メガネを寄贈する国はUNHCRと相談して決定する。 3. 難民支援に関わるまでの経緯 (1) 難民支援を始めたきっかけ
支援を開始した当時は、インドシナ難民が発生した時期で、難民の自立を支援する教育プログラムなどがあった。そこでメガネがないため難民が苦労しているという話を聞いた。また、メガネがないことによって教育効果が妨げられているという声が強かった。
(2) 難民に贈呈するメガネへのこだわり
活動開始当初から新しいメガネを寄贈している。それは受け取る人々の喜びが、使用済みのメガネに比べて数倍に大きいからである(1回のミッションで約4千組を用意する)。 フレームは特別なものを除いて、フレームメーカーや代理店などから無償で提供を受けている。 メガネの度数は多様に用意している。度数が間に合わない場合は、日本に帰国して用意する。 白内障術後の眼内レンズや補聴器の寄贈も行っている。 使用済みのメガネも約3万組を各地へ寄贈している。
4. 各地の難民キャンプ訪問によって自身が感じたこと (1) メコン川沿いの難民キャンプ
当時タイにいるインドシナ難民が第三国へ移動し、彼らの自主帰還に際して国境沿いにたくさんの難民キャンプができた。同キャンプでは通常、民族別に分けて保護活動が行われていた。そのうちの数カ所を訪問した。 タイの山岳地帯の少数民族などは、細かい民族衣装の刺繍作業によって視力が悪い人もいた。この時、難民へメガネを配っている人に出会った。しかし個人的な活動に留まり、組織的な活動につながらないことに、支援の難しさを感じた。タイのパナトニウコムが第三国定住先へ向かう一つのルートになっていた。避難民であふれる現地の光景にショックを受けた。
(2) ネパール内の5カ所の難民キャンプ
ブータンからの難民が約10万人。ブータン難民はネパール系の子孫である。治安面で危険な状況にも遭遇した(マオイスト集団の攻撃)。 人々のキャンプ生活が長いようなキャンプでは、視力補正だけでなく、心理面のケアも必要だと感じた。NGOのAMDA直営の病院にメガネをあずけて作業をした。
(3)アルメニア国内のアゼルバイジャン系難民へのミッション(1997年〜)
ロバート・ロビンソンUNHCR前駐日代表の招待でアルメニアを訪問した。当地ではナゴルノ・カラバフという自国内の領土をめぐるアルメニアの紛争から大量の国内避難民が発生し、避難地域では彼らに対する同化政策が行われていた。政府レベルの関心が高かったため、政府の力を借りて首都エレバンにて支援活動を行った。病院を借りて作業をすることができた。 支援活動には、ミッション・アルメニアなどのNGOが協力してくれた。今後メガネを受け取った人の追跡調査などを試みたい。
(4)アゼルバイジャン、バクー
同国はイスラム教国であるが、国内にアルメニア領域(キリスト教を信奉)を抱える。彼らは国内避難民と言える状況にある。ただしUNHCRは難民として認定していない。
5. 国内での活動 中国残留孤児の日本帰国に際して、854人の残留孤児に対して約900組のメガネを寄贈した(当時中国ではメガネは高価なもので手に入らなかった)。

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