インドにおける都市難民及びスリランカ難民の状況
(2004年3月14日〜24日の現地調査)
インドはチベット難民をはじめ、スリランカ、ミャンマー、ブータン、アフガニスタン、バングラデシュなどから長年にわたって難民を受け入れています。今回の調査では、そのうちデリー在住の都市難民(ミャンマー、アフガニスタン)と、インド南部タミルナド州のスリランカ難民の状況について調査しました。
都市難民
インド政府は難民条約に加入していないので、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が都市難民をマンデート難民として認定し、法的な保護を与えています。認定されたマンデート難民に対しては、インド政府が居住許可を与えています。
デリー在住の都市難民12,000人の大部分は、アフガン難民です。彼らの多くは10年以上インドに居住しており、8割以上がインド系のヒンドゥー教徒とシーク教徒です。インド系アフガン難民は、10年以上合法的にインドに居住していればインドの市民権を申請することができるので、2004年中には市民権を取得する者が出てくることが予測されています。
また、ミャンマー難民は近年増え続けており、その多くがミャンマー西部出身のチン族です。UNHCRによってマンデート難民として認定された後も、言語やインド人と異なる容姿などのために多くの人が失業中です。
ローカルNGOや、難民の自助組織がUNHCRの支援を受け、都市難民に対する教育、職業訓練、医療等のサービスを提供しています。
1985年に設立されたVHAD(Voluntary Health Association of Delhi)は、都市難民を対象に診療、薬の提供、病院への紹介などの保健・医療支援を行っており、4センターに医師、看護師、ソーシャルワーカーなど約40人のスタッフがいます。難民は政府の病院でも無料で診療を受けることができますが、言葉の問題があるため母語で診療を受けられるVHADを利用しています。
NDYMCA(New Delhi Young Men’s Christian Association)は3センターで教育費支給、ヒンドゥー語教室などの教育支援と生活費支給などの難民支援を行っています。3,000人の児童が教育費の支援を受けており、200人以上のミャンマー難民が語学教室で受講しています。キリスト教系団体の支援を受け、食糧、毛布、日用品などの配布もしています。
DBA(Don Bosco Ashalayam)は18から35歳の難民を対象に職業訓練を行っており、現在6ヵ月間の英語研修、コンピューター研修などを開講中です。データ入力などの仕事をDBAが企業から請け負い、難民に働く場を提供するWork stationなども実施しています。
スリランカ難民
国内紛争により、1983年、1990年、1995年にタミルナド州へのスリランカ難民の大量流入がありました。スリランカ国内の政情が安定してきていることもあって難民数は近年減ってきており、現在約140,000人のスリランカ難民が州内に居住し、うち60,000〜65,000人がキャンプ内に暮らしています。
キャンプ内に住む難民は、州政府から基本的な衣食住の支援を受けており、教育や医療に関してもインド国民と同等レベルのサービスを受けることができます。難民は一定の労働が許可されており、大半の家族が生計を立てるために仕事をしています。
スリランカ難民に対して支援を行っているNGOはスリランカ難民自身によって運営されているOfERR(The Organisation for Eelam Refugees Rehabilitation)のみです。OfERRは83年にスリランカ難民支援のために設立され、教育、医療、栄養、所得創出、職業訓練等の活動を行っています。ECHO(欧州共同体人道援助委員会)、UNHCR、DCA(DanChurchAid)等から資金の提供を受け、有給無給計650人のスタッフを擁してタミルナド州にある103のキャンプ内に住む難民を対象に支援を実施しています。
インド政府が国際機関の介入を忌避しているため、UNHCRはタミルナド州でのスリランカ難民への直接的なサービスの提供を認められておらず、キャンプ内に立ち入ることもできません。自発的帰還に関するモニタリングなどに活動が制限されています。
スリランカへの自発的帰還は制度化されており、合法的にスリランカに帰還することが可能です。しかし3から6ヵ月かかる手続きを待ちきれず非合法にスリランカに帰還する人々も一部いるとのことでした。
⇒ 詳しくは報告書をご覧ください(PDF 2MB)