ボスニア・ヘルツェゴビナ
ボスニア・ヘルツェゴビナの民族共生プロジェクトについて (2002年3月7日〜13日の現地調査)
ドゥルバルの民族共生プロジェクト ケーキをつくり喫茶店を経営している女性たち
旧ユーゴスラビア連邦はマケドニアとボスニア・ヘルツェゴビナ等の6つの共和国で構成されていましたが、1991年のスロベニアとクロアチアの独立宣言で始まった旧ユーゴスラビア連邦の崩壊の中で、それぞれの共和国は異なった道を歩みました。 当事業本部は、デイトン合意後帰還が実施されているボスニア・ヘルツェゴビナの民族共生プロジェクトの状況を把握するため、現地調査を実施しました。 (1)ボスニア・ヘルツェゴビナの状況 ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年の国民投票で独立を決定した直後より、ムスリム、クロアチア人、セルビア人の3勢力が抗争を始め、旧ユーゴの武力介入を受けて大規模な内戦となり、1995年のデイトン合意までの間に25万人が死亡し、80万人が難民になったといわれています。デイトン合意により、ムスリムとクロアチア人の連合体であるボスニア・ヘルツェゴビナ連邦及びセルビア人主体のスルプスカ共和国ができ、帰還が可能となりました。UNHCRの資料によると、1996年から2001年の間に約45万人が帰還しました。 (2)民族共生プロジェクトの背景 国際社会はボスニア・ヘルツェゴビナの多民族国家建設を期待し、2000年6月に緒方貞子前国連難民高等弁務官が、紛争により分断した民族の和解、異民族間の帰還の安定した継続、さらには将来の異民族間の対立を未然に防ぐための手段として、コミュニティーベースの所得創出を主体とする「民族共生プロジェクト」を提案しました。UNHCRは2001年当初よりプロジェクトを開始しようとしましたが、実際のプロジェクトが開始されるまでには、参加者にプロジェクトの目的を理解してもらうためのワークショップを開催したり、地元の政治家の協力を得たりするために4〜5ヵ月を要しました。 (3)プロジェクトの内容 プロジェクトの目的は、民族共生とそれぞれの活動が将来自主的に継続されることであり、受益者は社会的弱者・異民族のグループです。内容は、大別すると(1)所得創出、(2)心理社会的ケア、(3)青少年を対象としたスポーツ及び文化的活動です。(1)は野菜、果物等の栽培・販売、養鶏、乾燥食品の加工・販売、釘の製造・販売、ケーキの製造・販売、ケーキ店の経営、ニュースレターの発行等、(2)は児童を対象としたトラウマ支援、女性を対象とした文化的活動を通してのカウンセリング、母親教室等、(3)はジャーナリスト教室、コンピューター教室、インターネットクラブ、音楽バンド結成、民族衣装の作成・民族舞踊講演活動、スポーツイベントの開催等です。 (4)プロジェクトの実施状況 プロジェクトは全部で26件ありますが、今回調査団はプリエドロ地域の10件及びドゥルバル町の9件のプロジェクトを訪問しました。そして、数カ所の会場でリーダーの会合等に参加し、現場を見学しました。 プリエドロ地域の人々はもともと内戦前から住んでいたセルビア人と帰還して戻ったムスリム(内戦前は多数派であったが、少数派となった)が多く、ドゥルバル町は内戦後クロアチア人がボスニア・ヘルツェゴビナの各地から移住したところに、もともとのセルビア人(内戦前はドゥルバル町の人口の96%がセルビア人であった)が帰還してきて住んでいる地域であり、民族共生は困難が予想された地域でしたが、それぞれのプロジェクトの活動は非常にうまくいっていました。参加者は民族共生が目的であることを十分理解しており、またそのことに非常に満足していることがうかがえました。 UNHCRの担当者は、成功した主な理由は、タイミングがよかったこと、即ちデイトン合意から7年経ち、地元を離れることはなかった住民及び帰還した住民の双方に共存していこうとの意思がめばえていたことで、さらにコミュニティーにプロジェクトを実施できる能力のあるリーダーと参加者がいたこと等をあげています。 また、それぞれのプロジェクトの規模が適切に設定されていること(最小規模は野菜、果物栽培等の4家族)、もともと自分たちが技術を持っていることなどもうまくいっている理由に思われました。 (5)今後の課題 今後の課題は将来の自立継続性です。農産物等の生産と販売、ニュースレターの発行、ネット使用料を徴収するインターネットクラブ等は収益をあげ、自立して生産活動を継続していくことが期待されますが、必ずしも継続できるか不安を感じるプロジェクトもありました。また、女性の文化的活動を通じてのカウンセリング、児童のトラウマ支援、青少年の文化的活動は少額の会費で行えるので、将来的に自立する可能性はあると思われました。 以上のように今回調査した紛争後の民族共生プロジェクトは今後いろいろな地域での実施が期待されているプロジェクトであり、試験的なプロジェクトとして成功していました。
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