ヨルダンにおけるイラク難民の状況及び支援状況
(2007年12月7日〜12月15日の現地調査)
難民事業本部は、ヨルダンにおけるイラク難民の状況及び支援状況を把握する現地調査を実施しました。
1.ヨルダンにおけるイラク難民の概況
旧フセイン政権崩壊後に周辺諸国へ流入したイラク難民の総数は約240万人で、そのうち約45〜50万人がヨルダンに滞留していると言われています。流入したイラク難民は主にアンマン周辺地域に居留していますが、最近ではアンマン周辺の物価高騰を受け、アズラック等比較的物価が安い地方都市周辺へ移動する傾向がみられます。イラク政情に安定化の見通しがない状況にあり、このことは難民を庇護するヨルダン側の許容の持久力を削ぐと同時に、難民自身の忍耐や自尊心の持久力を削いでいます。ヨルダンにおけるイラク難民の数はヨルダン総人口の約1割を占めるに至っており、政治・経済・社会等様々な面において多大な負担を強いる状況が続いています。ヨルダン政府の方針は、新規の流入を制御しつつ、庇護する側の受容力を総体的に増強することで滞留の長期化にかかる様々な問題を吸収していくことにあります。
2.イラク難民に対する支援
(1)給水と衛生
ヨルダン国内のイラク避難民は首都アンマンとその郊外に集中して居住しており、 いわゆる都市滞留型難民であるため、従来の難民キャンプの生活状況とは異なります。
FAFO(ノルウェーの研究機関)による調査結果からも、調査対象となったほとんどのイラク人世帯が電気、水道、下水の公共設備にアクセスできているようです。
しかしその一方で、ヨルダン政府はイラク避難民の流入により、水や電気の供給などインフラに膨大な負担がかかり財政に深刻な影響が出ていると訴えています。
衛生用品の配布については、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)がCare Internationalを通じて行っている他、ヨルダン赤新月社(Jordan Red Crescent :JRC)がドイツ赤十字の協力で行っています。このようなNon-Food Items(NFI)の配布は、困難な状況下でイラク難民が尊厳を維持できるようにするための重要な支援となっています。
(2)栄養と食糧配給
食糧配給の四つの主な配給ルートがあります。第一に、ヨルダン政府主導で実施しているものです。ヨルダン社会開発省は日本のNGOである日本国際民間協力会(NICCO)と協力の下、ザルカにて貧困層への食料供与事業を展開しています。第二にUNHCRがIP(実施団体)を通じて実施しているもの、第三にJRCとNGOの協力によるもの、そして最後にNGO独自のものがあります。
(3)職業訓練
TDHやJRCにおいて、ヨルダン人とイラク人双方を対象とした職業訓練が実施されています。裁縫、コンピュータ、手工芸、ハーブ栽培等、コースは多岐に渡ります。職業訓練は技術習得のみならず、心理ケア・セラピーとしての役割や、難民と地域コミュニティーの潤滑油としての役割を果たしています。
(4)医療
イラク避難民支援において、最もニーズが高いものの一つが医療だと言われています。一次医療(Primary Health Care)が必須であることに加え、原因は明らかになっていないが高血圧、糖尿病といった慢性疾患がイラク人に顕著に見られるため、対策が求められています。
JRCやカリタス・ヨルダン(Caritas Jordan)がUNHCRとのIP契約のもと、基礎医療、歯科治療、心理社会的ケアなどの医療サービスを提供しています。
(5)語学教育
語学教育について、国境なき子どもたち(KnK)がHigher Council for Youth(HCY)と協力して英語学習事業を実施しています。KnKはHCYと協力して、HCYの管轄の下で運営されているフヘイスのユースセンターにおいて青少年女子(イラク人とヨルダン人)を対象に英語学習のためのクラスを週5日実施しています。
(6)学齢児童の教育
イラク難民支援において、平和教育やホストコミュニティーとの共生といった観点、また、紛争の影響を受けた子どもの生活を守り、学習の機会を与え、全人的な発達(社会的、認知的、身体的)を育成する面からも教育分野における支援は非常に重要であり、国際機関も支援に力を入れています。
元々の制度はヨルダン国籍ではない子どもがヨルダンの教育制度の恩恵を被るためには合法的な滞在許可が必要でした。しかし、2007年4月のジュネーブ会議を経て、滞在許可の無いイラク人の子どもも無条件で登録でき、ヨルダン教育を受けられることとなりました。学年は証明書類があればその学年に、無ければ試験を実施し適切な学年に編入することとなります。UNHCRはNGOとIPを締結し、制服・学校用品セットの配布を実施しています。
(7)女性と子ども
正式に滞在許可が無いと正式な就業機会も得られないため、メイドなど家内労働に従事する女性が多く、ヨルダン政府もその存在を認識しています。教育水準の高いイラク人女性の多くはイラク国内で働いた経験がありますが、その経験を活かせないままでいます。とくに女性、子どもといった弱者のイラク国内での戦闘・テロの体験からくるショックや、長期にわたる難民生活に疲弊している状況は深刻です。
(8)その他
イラク国籍を持つ者がヨルダンで滞在許可(及び就業許可)を得るには、銀行口座に15万ドルの預金が必要とされています。よって、正式に滞在許可を取得できるイラク人は富裕層に限られ、より支援を必要とされる弱者グループは就業機会を得られないでいます。また、正式な滞在許可を未更新の場合、一日当たり1.5ヨルダン・ディナール(約251円)の罰金が科せられます。
就業機会がない男性が家に閉じこもらざるを得ない環境下に加え、イラク国内での戦闘・テロや脅迫の体験からくる精神的打撃により、家庭内暴力が多くなっているとのことです。女性や子どもに限らず精神的ダメージを受けているイラク人男性を対象とした心理社会的ケア支援のニーズも高いと思われます。
3.将来の課題と展望
イラク難民の滞留が長期化していることは、ヨルダン市民の生活に多大な負担を強いています。日々、近隣で生活をともにする市井の人々の感情が極端な忌避と排他の方向へ向かうことのないよう、ヨルダン市民のイラク難民を庇護していく努力が広く世界中の人々から感謝されていることと、ヨルダン人のそのような姿勢が世界から支援されているということの実感が得られるよう努めていく必要があるようです。
滞留するイラク難民は、イラク国内が安定を取り戻した暁には、国家再建を主体的に担っていく責務を有しています。難民としての生活が長引くことにより、コミュニティーの一員としての生産的な機能が失われ、帰国した際に、社会再生における新たな不安定要因となることのないよう、先々を見越した対応を施すことが重要であるようです。ヨルダン国内において就労の機会を得ることは難しい状況にあるものの、なにがしかの生産的な活動への関与、あるいは教育や職業訓練の機会を得ることにより、難民の人々が先々に向けた建設的な姿勢を維持していこうとする努力を支援していくことが望ましいと思われます。
報告書表紙・目次(PDF 46KB)
報告書本文(PDF 1.3MB)